筒井順慶の養子・筒井定次の正室の秀子という

Writer: admin Type: タブレット端末 Date: 2018-12-13 00:00
筒井順慶の養子・筒井定次の正室の秀子という女性は、信長の娘(信長の三女)らしいですが、研究によれば信長の実子ではないとも聞きます。 実は明智光秀の娘で信長の養女とも言われているようです。本能寺の変のときの光秀の反応を見れば、たしかに筒井定次の正室は明智と縁がある女性のようにも思われますが、しかし、明智家側の史料にはそういった記録はないようです。 筒井定次室が光秀の娘というのは有力な説なんでしょうか?娘というほど、光秀と近い関係だったのでしょうか?また、この筒井定次の妻には家康の妹もいたようですが、秀子はいつ頃まで生きていたのでしょうか?共感した0###筒井順慶は、光秀の与力だったので、同じ与力の細川藤孝・忠興父子と同様、定次を娘婿としたという可能性はあります。ただ、それを確証づける明確な資料は、明智家、筒井家の双方が滅んでしまったため、見つかっていないという事です。いわゆる、洞ヶ峠の逸話の元になったように、光秀は、筒井氏が味方になる事を大きく期待していたので、この点から、姻戚関係にあったと考えるのが、妥当なようにも思われます。もし、光秀とは無縁の信長の娘もしくは養女を婿に迎えたのなら、立場的には、定次にとって光秀は、単なる舅の仇になるので、光秀が筒井氏が味方になる事を信じていた、という事実の根拠が、成り立たなくなってしまいます。ナイス0
###明智光秀の子供は『明智軍記』では3男4女がいたとします。長女:明智光春の妻次女:明智光忠の妻三女:細川忠興の妻(細川ガラシャ)四女:津田信澄の妻長男:光慶次男:光泰(十次郎)三男:乙寿丸『鈴木叢書』所収の「明智系図」では側室の子も含めて6男7女があったとなります。 長女:菅沼定盈の妻 - 養女(実父・三宅長閑)次女:桜井家次の妻 - 養女(実父・三宅長閑)三女:織田信澄の妻四女:細川忠興の妻五女:筒井定次の妻六女:川勝丹波守の妻長男:玄琳 - 妙心寺に入る。次男:安古丸 - 山崎の戦いで戦死。三男:不立 - 天龍寺に入る。七女:井戸三十郎の妻四男:十内 - 坂本城落城の際に死亡。五男:自然 - 坂本城落城の際に死亡。六男:喜多村保之 - 江戸町年寄不明:定頼そして、筒井定次について正室:織田信長の娘 - 明智光秀の娘で織田信長の養女とも。側室:市場姫(松平広忠の娘)?ナイス0

 

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